【2017年5月14日】
テニスの王子様は18年でどれだけインフレしたのか
スポーツ漫画でおなじみの展開といえば
「インフレ」です。
スポーツ漫画はバトル漫画に構造が似ていて、「強敵と戦う→勝利→もっと強敵が出てくる→勝つ」の繰り返しになりがちですから、どうしてもインフレせざるを得ません。
それが常識的な範囲で収まっているうちはいいのですが、ときとして競技の定義を超えてしまうレベルでインフレしてしまう漫画もあります。
その代表作ともいえるのが、
我らが
「テニスの王子様」です。
1999年の連載開始から、2008年に連載完結(全42巻)。そして再び「新テニスの王子様」として連載を再開し、現在最新刊である20巻が発売中です。
18年間、62冊分の長さの中でテニスの王子様、通称テニプリがいかにインフレしてきたのかを振り返るために、改めて全巻読み返してみました。
【1巻〜5巻】現実的に可能な技もあった時期
中学テニス界の名門・青春学園(青学)に入学してきたスーパールーキー、越前リョーマがレギュラーを勝ち取り、さらに地区予選へと挑むストーリーが描かれます。
コートに置いた空き缶に百発百中でボールを当てるなどの描写はあるものの、まだ比較的穏やかな流れが続きます。
リョーマの初期の必殺技は、相手の顔面めがけてボールが跳ねるというツイストサーブ。
※2巻より
実際の試合でやられたらかなり厄介な技ですね。ただ、そこまで非現実的でもなさそうです。
ツイストサーブと並び、初期のテニプリで有名だったのが、
※4巻より
青学2年の海堂薫が得意とする「ブーメランスネイク」。急角度で曲がるスネイクを改良し、ポールをぐるっと回るようにして相手のコートに飛ばすという技でした。
実際の試合であまり見ないという意味では、このあたりからすでにインフレの萌芽が感じられますが、とはいえまだ普通のスポーツ漫画です。
もう一つ、天才と名高い青学の不二周助が放った三種の返し球(トリプルカウンター)の「つばめ返し」。
※4巻より
いかにも必殺技っぽい名前ですが、やっているのは
「ボールの回転を利用して弾みにくい返球をする」ということで、実はそれほど非現実的というわけでもありません。……少なくとも、この後さらに進化する「三種の返し球」に比べれば……。
【6巻〜10巻】
まだインフレらしいインフレは起こりません。大石副部長の
「針の穴を通すコントロールで落としていく(中略)ムーンボレー」や、
※7巻より
トリッキーなアクロバティックプレイなどが登場しますが、どれも現実にありえないというほどではなく"中学生としてはすごい"くらいなので、
まだテニスといえそうです。
そんな中、
うっすらとインフレを予感させる技が10巻で登場します。
※10巻より
不二周助の三種の返し球の一つ、「羆落とし」。
"スマッシュを完全に無効化させる"というとんでもない説明がついていますが、問題は
これを後ろ向きでやってのける不二周助の身体能力です。スマッシュを返すだけなら無理ではなさそうですが、"ダイレクト"かつ"後ろ向き対応"となると、これはもうそろそろ現実で狙ってやるのは不可能な域に入ってきつつあるといえるでしょう。
……とはいえ、
"絶対に不可能"ともいえないという絶妙なリアリティがこのへんのテニプリにはありました。
【11巻〜15巻】現実的に不可能な技が登場し始めた時期
重心をかけた前足一本で跳んで打つバックハンドの高等技術
「ジャックナイフ」などが登場しますが、まだインフレは穏やか。
都大会が終わり、いよいよ関東大会へと物語は進みます。
再びレギュラーを争って試合を始めた青学メンバーですが、ここで手塚部長の実力が垣間見えるシーンがあります。
※14巻より
まずは
「手塚ゾーン」。ボールの回転を自在に操ることで、相手から返球をすべて自分の立ち位置にコントロールするという技。このあたりからテニプリの
「回転理論」(ボールの回転ですべての現象に説明をつける)が始まったといえます。
さらに……
※14巻より
輪をかけておそろしいのが、
「零式ドロップ」。
ボールがまったく弾まないドロップショットで、着地した後はバックスピンにより戻るという嫌がらせのような技。
これを打たれてしまったら、
ノーバウンドで返さないかぎり100%ポイントを取られてしまいます。バックスピンはともかく、まったくバウンドしない球を打つのは現実的に不可能ですので、「現実で可能かどうか」をインフレ開始の基準にするならば手塚部長がその火付け役になったといえそうです。
そして、関東大会編では、いよいよ強豪校・氷帝学園との対戦が始まります。
【16巻〜20巻】
テニプリNo.1の人気キャラ・跡部様や、鳴り響く「氷帝」コールなど、
いろいろな意味で目立つ氷帝学園。この氷帝学園との試合で、
また一歩インフレが進行することになります。
たとえば
相手の技を見ただけで瞬時にコピーできる樺地。
※16巻より
青学の河村ががんばって身につけた「波動球」(腕にめっちゃ負担かかるかわりにめっちゃ重い球)をあっさりコピーして、壮絶なラリー合戦が始まります。
ちなみになぜ樺地が相手の技をコピーできるのかについては、
「純粋な故に何でも吸収しちまう」(by跡部様)という一言で説明されていました。
……この河村VS樺地戦、テニプリの方向性がじょじょに変わり始めたことを象徴するかのような結末を迎えます。
※16巻より
二人とも腕を壊して無効試合(ノーゲーム)。
「肉体的にボロボロになる」「得点ではなく、どちらか(あるいは両者)が負傷してリタイアすることで試合が終了する」という、最近ではよく見かけるようになった展開の片鱗が見え始めます。
【21巻〜25巻】オーラの登場で超常現象が始まる
氷帝学園を倒し、トーナメントを順調に勝ち上がる青学。
次に「おおっ」と驚かせてくれたのは、古豪・六角中との対戦でした。
不二とダブルスを組んだ菊丸が……
※21巻より
分身します。
この現象については3年の先輩でデータアナリストの乾から「あまりに移動が速いから残像が残って見えるんだよ」と簡潔な解説が。……
残像なら仕方ないですね!
ちなみにこの後、
※21巻より
3人になります。
……さて、テニプリにおいて、
非常に重要な意味を持つ出来事が22巻で起こります。
全国レベルの強豪・立海大付属中2年、切原とリョーマの非公式戦。追い詰められたリョーマが……
※22巻より
※22巻より
覚醒します。
身にまとっているオーラのようなもの、単なる演出かと思っていたのですが、後の展開で
テニプリの世界には本当にオーラが存在することが判明しており、インフレの重大な要因の一つにもなっています。……ということは、
オーラが初めて観測されたこの場面こそ、テニプリにおける大きなターニングポイントといえるのではないでしょうか。
22巻のサブタイトルは「リョーマ覚醒」ですが、ある意味
「テニプリ覚醒」の巻でもあったと思います。
【26巻〜30巻】
さて、関東大会も大詰め。決勝戦は立海大付属中との対戦です。
ここで注目したいのは、切原赤也VS不二周助の試合。
天才・不二が優勢で試合を進めていたのですが、途中で切原が覚醒します。
※26巻より
22巻でちらっと登場したリョーマのオーラと同じものを切原もまとい、
急激にパワーアップ。
立海大付属中の真田さんの説明によれば、このオーラは「無我の境地」といい、
"体が実際体験した記憶等も含め無意識に反応してしまう、いわば己の限界を超えた者のみが辿り着く事の出来る場所"なのだとか。
……ええと、それってつまり
"めちゃくちゃ集中した状態になってる"ってこと……?
この後、シングルス1の試合に出場したリョーマも無我の境地を使いこなし、ほとんどバウンドせずに転がっていく必殺技
「COOLドライブ」を会得。
※27巻より
立海大付属中の真田さんに辛勝します。
余談ですが、テニプリではこの「ボールが弾まない技」の使い手がかなり多く、
もはや弾まないだけではオリジナリティがありません。
……そんな感じで関東大会優勝を決めた青学は、ついに全国大会に挑みます。
29巻では初戦の相手となる沖縄・比嘉中が登場。
比嘉中のメンバーは
沖縄武術をテニスに取り入れたことで、
※29巻より
一歩でサービスラインからネットにつけるという
縮地法を会得しています。
テニプリではパワーだけでなくスピードを売りにした選手も多数おり、
順調にそちらもインフレしていたようです。
なお、縮地法の理屈としては「地面を蹴って走るのではなく地球の引力ぅ〜つまり自然落下を使ってむしろ速くあるくんじゃ。一歩でまたぐという感じ〜かの〜う」(原文ママ)ということで、
地球の引力を利用しているそうです。
その比嘉中の田仁志と対戦したリョーマは、関東大会決勝で見せたCOOLドライブで相手を攻め立てます。
COOLドライブは先ほど説明した通り、バウンドした後、ほとんど跳ねずに転がっていく技。
なので、唯一の攻略法はノーバウンドで返球することなのですが……。
※30巻より
そうすると今度は
ボールが腕を駆け上がってきて顔面に襲いかかります。どうしろと……。
リョーマに負けじとインフレを加速させるのが、天才・不二。
ダブルスの試合で、「三種の返し球」(トリプルカウンター)を進化させ、第4の返し球
「蜉蝣包み」を放ちます。
※30巻より
劇中の説明によると「複雑な(ボールの)回転をすべて包み込む形で捕らえ、回転を一切なくして返してしまった」ということ。えっと……"包み込む"というのは、
ラケットでボールをこねくり回すようにして回転を止めてから打ち返す……というイメージでいいのでしょうか……?
ここから登場する技に関してはだいたいこんな感じで
理論が現実を上回ってくるので、そろそろ解説は放棄させていただきます。というか、誰か
解説の解説をしてほしいです。
【31巻〜35巻】能力バトルへの移行期
引き続き、比嘉中との試合が続きます。31巻で読者の度肝を抜いたのは、
※31巻より
菊丸の
一人ダブルス。一人なのにダブルス……謎掛けみたいな技ですね。
先ほどの「分身」の理論でいくと、高速で移動して残像が見えていることになりますが、今回は
菊丸Aと菊丸Bの構えが違っています。
さらにいうと、サーブを打とうとするこの時点で高速移動して残像を見せる必要もないですし、前衛にいる菊丸はサーブ側の菊丸が手に持っているはずのボールを持っていません。どうやっているのでしょうか。
めっちゃ速いスピードでポケットにしまったり出したりしているのでしょうか。……もう何もかもわかりません。
このシーンには、
「会場にいる誰もが目を疑う。そこには信じられない光景があった」と書かれており、対戦相手も
「俺は夢を見ているのか!?」と目を見開いて驚愕していますが、極めて真っ当な反応だと思います。
続いてのインフレポイントは、やはり最強の男・手塚部長。
リョーマや切原が身につけた「無我の境地」は
もはや当たり前のように習得している手塚部長ですが、さらに
※31巻より
「無我の境地」のパワーを左腕一本に集めることでボールの威力・回転などを爆発的に上げる
「百錬自得の極み」を発動します。
先ほど、無我の境地とはめちゃくちゃ集中した状態のことなのでは……と書きましたが、それだと
"左腕一本に集める"の意味がわからないので謎は深まる一方です。
これまでかろうじていろいろな理屈をつけてテニスの体を保っていたテニプリが
本格的に能力バトルに移行した瞬間は、ここだったのではないかと思います。
比嘉中に続いては因縁の相手、氷帝学園との再戦。
ここでは、テニプリ史上に残る有名な技が登場します。
大石・菊丸コンビが見せた、
※34巻より
「同調(シンクロ)」です。
簡単にいうと、ダブルスを組んでいる相手の動きを完璧に理解し、次にどう動くのかが手に取るようにわかる状態のこと。……身もふたもない言い方をすると、
めちゃくちゃ息が合っている二人、ということでいいのでしょうか。
なお、氷帝学園の監督はこの同調(シンクロ)を見て、「絶体絶命のピンチにのみまれに起こりうるダブルスの奇跡」と解説していますが、最近ではピンチにならなくても普通に自分の意思でシンクロできるようになっており、他にもシンクロを使いこなすペアも登場しているので、だいぶありがたみが薄れてきています。
忘れてはいけないのが、氷帝学園の部長・跡部様。
「俺様の美技に酔いな」などの名言と強烈なキャラクター性を持つ人気キャラなので、
さぞインフレに貢献しているだろうと思われそうですが、ここまでは意外とそうでもありませんでした。
しかし、全国大会のこの試合で、ついにその本領を発揮します。
※34巻より
※34巻より
相手が返せない死角となる場所に氷柱を飛ばし、そこにボールを叩き込む
「氷の世界」。
……氷柱はおそらく"そういう演出"だと思うのですが、逆に演出と決めつけられる根拠もありません。能力バトルに移行したテニプリにおいては
「本当に氷柱を発生させている」という可能性も否めませんので、これはこれでインフレとして認定したいと思います。
初期の頃は少なくとも氷柱は飛んでなかったですし。
インフレとは関係ないのですが、この試合は跡部様、リョーマ共にボロボロになるまで戦い続け、最後は二人とも倒れ込んでしまい先に立ち上がった方が勝ちという場面で……
※35巻より
跡部様が立ったまま気絶して負けるという壮絶な幕引きとなりました。
……勝敗の付き方もインフレしてきている気がします。
※35巻より
インフレを一気に加速させた技といえば先ほど紹介した「百錬自得の極み」ですが、ここでもう一つの「極み」が登場します。
大阪・四天宝寺中の千歳が発動した
「才気煥発の極み」です。
無我の境地のパワーを腕に集中するのが百錬自得の極みなら、こちらは
無我の境地のパワーを頭に集めることで脳の働きを活性化。打球がどこに返ってくるかを一瞬でシミュレートできるため、先の展開が読める――という技です。
何やらすごそうな雰囲気ではありますが、冷静に考えると
効果としてはわりと現実的なものなので、これをインフレと呼んでいいのかは微妙なところかもしれません。
【36巻〜42巻】得点を狙うのではなく相手の肉体や精神を破壊し始めた時期
四天宝寺戦では
「お笑いテニス」など個性的な試合もあるのですが、これもインフレとはちょっと違うので今回は泣く泣く割愛します。
※37巻より
インフレといえば……やはり
パワーですよね。
それを見せつけてくれたのが、四天宝寺中の銀師範。
※37巻より
かの有名な
「ワシの波動球は百八式まであるぞ」というセリフでテニプリ読者のみならずインターネット全土を震撼させたあの人物です。
テニプリにおけるインフレの象徴としても有名ですが、その「波動球」を喰らうとどうなるか。
※37巻より
観客席の20列目くらいまで吹き飛びます。
※37巻より
もうこのシーンとか、
完全に死ぬ直前のそれですし、
※37巻より
フラグもしっかり立っています。
※37巻より
……ですが、最後は……
※37巻より
※37巻より
銀師範の方の腕が折れて、まさかの河村さんの逆転勝利。
この一連の流れは、
いろいろな意味で伝説をつくりましたね……。
……ところで、テニプリに対して
「テニスなのに血まみれなったり死にかけたりしている」というイメージを持っている人は多いと思いますが、実はこの37巻まではズタボロになったり血まみれになるシーンは意外と多くありませんでした。
ただ、このあたりで許斐先生も吹っ切れたのか、ここらへんからだんだんと"バトル"方面におけるインフレが加速。
たとえば、
※38巻より
フェンスにはりつけ。
からの……
※38巻より
血の目潰し……そして……!
※38巻より
「テメーも赤く染めてやるぜ!!」……という感じで、
バトル漫画化が進行していきます。
一方、超能力方面でもインフレが進んでいきます。
※39巻より
決勝戦の立海大付属中との試合では、手塚部長が「手塚ゾーン」を進化させた
「手塚ファントム」を発動。
原理としては、手塚ゾーンの逆をやることで
相手のすべての返球をアウトにするという、テニスの面白さを根底から覆しそうな技。こんなの使われたらトラウマ必至です。
これに対して対戦相手の真田は、
※39巻より
「人の限界を超えた光速移動技」の使いすぎにより脚が限界に達するなど、決勝戦にふさわしい
人を捨てた戦いが繰り広げられます。
続く不二VS仁王戦では……
※40巻より
仁王が手塚にイリュージョン(変身)。
……これの原理については
長くなるので割愛しますが、
手塚(仁王)に対して、
※41巻より
不二は"上空へ打ち上げたボールに不規則な風の影響を与えて客席へと飛ばす"カウンター技
「星花火」で撃破。
客席まで選手の方を飛ばす百八式波動球や
フェンスにはりつけにする技に比べると一見地味ですが、ちゃんとテニスのルールに則った技であり、
打たれてしまったら物理的に返球できない鬼のような技です。
ある意味、この星花火こそが
"テニスとしての正しいインフレ"の到達点といえるかもしれません。
……そして、いよいよ週刊少年ジャンプ時代としては最後の試合です。
「神の子」幸村とリョーマの戦い。
ここでは、無我の境地から百錬自得の極み、そして才気煥発の極みと続いてきた、
「超能力インフレ」の最終形態が待ち受けていました。
※42巻より
ボールを打った感触を失うリョーマ。
※42巻より
※42巻より
そう、ラスボスである幸村は
「相手の五感(視覚・聴覚・嗅覚・味覚・触覚)を奪う能力」の持ち主だったのです。
もはやテニス云々というよりも、
相手の人生そのものを破壊してしまいそうな危険極まりない攻撃。せめてテニスに関係なさそうな嗅覚と味覚は許してあげてほしいところです。
これを食らってしまったリョーマがどうなってしまうのかは、ぜひ単行本でご覧いただくとして……。
本当はここからさらに「新テニスの王子様」のインフレについても語ろうと思っていたのですが、いくらなんでも長くなりすぎましたので、次回にお送りしたいと思います。
それではまた次の記事をお楽しみに!
→後編
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